1. 久しぶりの県外へ。相棒は「秋田新幹線こまち」
あしたもグループの佐藤です。 2/5.6.7日と、久しぶりに秋田を離れ、県外へと足を運んでいます。
秋田県民にとって、そして僕にとっても、外の世界と自分たちを繋いでくれる最強の相棒といえば、やっぱり「秋田新幹線こまち」です。ホームに入ってくるあの鮮やかな「茜色(あかねいろ)」の車体を見るだけで、なんだか気持ちがシャキッと引き締まるような気がします。
雪深いホームで出番を待つこまちの姿。その歴史を紐解いてみると、僕たちが「あしたもグループ」として大切にしている「進化」と「誠実さ」に通じるものがたくさんありました。
2. 1997年、秋田に革命が起きた日。
秋田新幹線が開業したのは、今から約29年前の1997年のこと。それまで東京へ行くには、特急と新幹線を乗り継ぐのが当たり前でした。
それが、乗り換えなしで一直線に繋がった。これは当時の秋田にとって、まさに「革命」でした。
初代の「E3系」から始まり、今僕たちが乗っているのは2代目の「E6系の様です。最高時速は何と320km/hにまで進化しました。 でも、こまちの凄さはスピードだけではないようです!
新幹線でありながら、在来線の線路も走る「ミニ新幹線」という独自のスタイル。この「既存のインフラ(在来線)を活かしながら、最新の価値(新幹線)を届ける」という柔軟な発想は、僕たち「あしたもグループ」が、廃棄物回収という伝統的な業種の中で、最新の健康経営やITを取り入れて進化しようとしている姿勢と、どこか重なる部分があるかなと感じています。
3. 茜色に込められた「秋田の心」
こまちの象徴であるあの赤い色。あれは、秋田の伝統行事である「なまはげ」の面の色や、秋田竿燈まつりの提灯の灯りをイメージした「茜色」なのだそうです。
ただ速いだけじゃない。自分たちがどこの誰で、どんな想いを背負って走っているのか。その「アイデンティティ」をデザインに込めている。
僕も、あしたもグループの代表として、あるいは「あしたも良い日、佐藤清掃社」の看板を背負う者として、秋田という土地に根ざし、秋田の人々の生活を支えているという誇りを、常に忘れないようにしたい。こまちの茜色を見るたびに、その原点を思い出させてもらえます。
4. 進化し続けるための「見えないメンテナンス」
新幹線が、時速300kmを超えるスピードで安全に走り続けられるのは、徹底したメンテナンスがあるからだと思います!
先日までお話ししていた『プレジデントMOOK』の「老化は病気だから治療できる」という知見も、いわば自分という「車両」をいかにメンテナンスし続けるかという話です。
腸内環境を整えたり、たんぱく質を意識して摂取したりするのは、こまちが高い精度で毎日点検を受けているのと同じこと。
「故障してから直す」のではなく、「故障させないために、常に最高な状態を保つ」。 この「予防」の考え方こそが、経営においても、健康においても、最も「質」が高い状態だと言えるのではないでしょうか。
5. 午年の娘に伝えたい「繋ぐ」ということ
我が家の午年の娘も、こまちが大好きです。 真っ赤な新幹線が颯爽と走り去る姿を見て、「パパ、かっこいいね!」と目を輝かせる。
僕にとって、こまちは単なる移動手段ではありません。秋田の素晴らしい価値を外へ伝え、そして外の新しい風を秋田へと運んでくる「架け橋」です。
僕も、この仕事を通じて、秋田の街をより美しく、より良い場所に変えていきたい。そして、娘たちが大人になった時、もっともっと「あしたも良い日」だと思える秋田を繋いでいきたい。
久しぶりの県外出張。こまちの座席で車窓を流れる雪景色を眺めながら、そんな決意を新たにしました。
6. 結び:心を整え、新しい風を掴む
行き帰りの数時間。新幹線の車内は、僕にとって貴重な「自分を整える時間」でもあります。 一緒に研修に行った仲間と雑談し、想いを巡らせ、これからの「あしたもグループ」の戦略を練る。
秋田へ戻った時には、このこまちに負けないくらいのスピード感と、そして茜色のように熱い情熱を持って、また現場に立ちたいと思います。
皆さんも、たまには日常を離れて、自分をリセットする時間を持ってみませんか? さあ、秋田へ帰ったら、また全力で爆走します!
明日も、もっと良い日に。


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