1. 『神之塔』の面白さと、ふとした疑問
こんにちは、あしたもグループの佐藤です。
最近、LINE漫画で『神之塔』という作品を読み始めたのですが、これが面白い!塔の頂上に登ればすべてが手に入るという設定、そして散りばめられた謎。ついつい夜更かし、は出来ませんが、暇を見て少しづつ読み進めています👍
そこでふと思ったんです。 『神之塔』に限らず、『神様はじめました』『神のみぞ知るセカイ』、とか、沢山「神」がでてきます。ドラゴンボールもかりん様から始まりシェンロン、界王神等、神だらけ!!マンガのタイトルや内容に「神」という言葉って、めちゃくちゃ使われていませんか?
それどころか、最近では「神ゲー」「神対応」「神回」なんて言葉も日常茶筆です。 一体、この「神」という言葉はいつから、どんな意味で使われ始めたのか。今日はその起源と歴史を、私なりに徹底的に掘り下げてみたいと思います。
2. 古代日本人が考えた「神(カミ)」の正体
まず、言葉としての「カミ」のルーツを辿ると、飛鳥時代や奈良時代まで遡ります。
日本最古の歴史書『古事記』を研究した江戸時代の学者・本居宣長は、神についてこう定義しています。 「尋常(よのつね)ならず、すぐれたる徳(いさお)のありて、可畏(かしこ)きもの」
簡単に言うと、「普通じゃなくて、すごい力を持っていて、なんだか怖くて震えるようなもの」は、全部「カミ」だったんです。例えば、
- 自然の驚異: 雷(鳴る神)、山、海、嵐。
- 畏怖の対象: 狼(大口の真神)、蛇。
- 優れた人間: 英雄や、大きな功績を残した先祖。
つまり、もともとの日本の「神」は、西洋のキリスト教のような「世界を作った絶対的な唯一神」とは全く別物でした。 「上(かみ)」にあるもの、あるいは「目に見えない不思議な力」そのものを指していたんですね。これが日本独特の「八百万(やおよろず)の神」の考え方の根っこです。
3. マンガ文化と「神」の親和性
なぜ、マンガの世界でこれほど「神」が好まれるのか? それは、日本人が古来持っている「万物に神が宿る」という感覚が、ファンタジーや超能力といったマンガ的な非現実的なものに使いやすいからかなと推測します。
例えば『神之塔』。 あの物語に出てくる「神」という概念は、絶対的な正義というよりは、圧倒的な力やシステムそのものを指しているように感じます。これは、古代日本人が自然の猛威を「神」と呼んだ感覚に近いのかもしれません。
また、手塚治虫先生が「マンガの神様」と呼ばれたように、日本では卓越した技術や才能を持つ人を「神」と呼ぶ土壌がありました。 それが現代になり、サブカルチャーの中でさらに加速していくことになります。
4. 2ちゃんねるから生まれた「ネ申(カミ)」現象
現代の「神ゲー」「神対応」といった使い方の起源は、2000年代初頭のインターネット掲示板「2ちゃんねる」界隈だと言われています。
当時は「ネ申(ねもうす)」や「神光臨」といったネットスラングとして使われ始め、 これまでの「畏れ多い対象」としての神ではなく、**「期待を大きく上回る、最高に素晴らしいもの」**に対する最大級の賛辞として、カジュアルに使われるようになっています。
- 神ゲー: バグがなく、ストーリーやシステムが完璧なゲーム。
- 神対応: 予想もしなかったほど親切で迅速な接客や対応。
- 神回: アニメやドラマで、歴史に残るほど素晴らしいエピソード。
面白いのは、これだけカジュアルになっても、根底には「自分たちの想像を超えたものへの敬意」が含まれている点です。これは本居宣長が言った「尋常ならず、すぐれたるもの」という定義から、実は一歩も外れていないんですよね。
5. 【佐藤の考察】なぜ私たちは「神」を求めるのか
ここからは、私、佐藤の個人的な考えです。 仕事でも私生活でも、私たちは常に「正解」や「確実なもの」を求めてしまいがちです。でも、現実はあやふやで、思い通りにいかないことばかり。
そんな中で、マンガの中に登場する圧倒的な「神」の存在や、現実で出会う「神対応」のような奇跡的な瞬間に、私たちは救いや憧れを感じているのではないか。
私が趣味にしようとしているカラオケや漫画読書。 例えば、娘とカラオケに行って「パパ、今の歌い方神がかってたね!」なんて言われたら(言われないでしょうが笑)、それだけで明日からの活力になります。
「神」という言葉を安売りしているという意見もあるかもしれませんが、私はむしろ、日常の小さな「すごい!」を「神」と呼んで祝福する今の日本の文化って、なんだか豊かだなと思うんです。
6. まとめ:塔を登るように、知的好奇心を楽しもう
『神之塔』というマンガをきっかけに、言葉の歴史を辿ってみました。 「神」という言葉の裏側には、古代から続く日本人の「畏敬の念」と、現代の「感動を共有したい」というポジティブなエネルギーが同居しています。
私も、仕事ばかりの毎日から一歩踏み出して、こうした「へぇ〜!」と思える知識や、娘とのカラオケ、趣味の時間を大切にしていきたい。 それがきっと、「あしたも良い日」と思える心の余裕に繋がっていくのだと信じています。
皆さんの周りには、今日どんな「神」が隠れていましたか? 小さな感動を見つける天才になって、毎日を楽しく過ごしていきましょう!

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