便利屋のルーツは「江戸の助け合い」だった。歴史から紐解く、私が「あしたもグループ」で守りたいもの。

あしたもグループの想い

1. 便利屋って、いつからあるの?

こんにちは、あしたもグループの佐藤です! 秋田の冬は、外に出るのも一苦労ですよね。そんな時、「ちょっと誰か手伝ってくれたらなぁ」と思うことはありませんか?

実は、私が運営している「あしたも良い日」のような便利屋の仕事。これって最近始まったことではなくて、実はものすごく長い歴史があるんです。 最近、ふとしたきっかけで便利屋の起源について調べてみたのですが、そこには私たちが今の時代に忘れかけている「大切な心」が詰まっていました。

今日は少しだけ昔の話をさせてください。 私たちがなぜ今、廃棄物回収(佐藤清掃社)と便利屋(あしたも良い日)を一つにまとめて「あしたもグループ」として活動しているのか。その答えが、日本の歴史の中に隠れていました。

2. 江戸時代には「何でも屋」がヒーローだった

(江戸〜明治) 便利屋のルーツを辿ると、なんと江戸時代まで遡ります。 当時は「万(よろず)屋」や「何でも屋」と呼ばれていました。

今の時代は、電気も水道も通っていて、ボタン一つで何でも手に入ります。でも江戸時代はそうはいきません。屋根が壊れた、ドブが詰まった、重い荷物を運びたい……。そんな日常の「困った!」を解決するために、町には必ず一人、力自慢で器用な「何でも屋」がいたんです。

面白いのは、彼らはただ作業をするだけじゃなかったこと。

お年寄りの話し相手になったり、買い物に行けない人の代わりに走ったり。今の言葉で言えば「コミュニティの助け合い」そのものだったんですね。 「お隣さんが困っているから、サッと手を貸す」。そんな日本人の美しいお節介が、便利屋という仕事の始まりだった。これって、すごく素敵なことだと思いませんか?

3. 激動の時代を支えた「バタ屋」と「運び屋」

(戦後復興期) 明治、大正を経て、日本が大きく揺れ動いた戦後復興期。ここでも便利屋の精神は形を変えて生き残っていました。 当時、街を支えていたのは「バタ屋」や「運び屋」と呼ばれた人たちです。

「バタ屋」さんは、街中の廃品を回収して歩く人たちのこと。今でいうリサイクル、廃棄物回収の先駆けです。物がない時代、捨てられるものを徹底的に活かす彼らの仕事は、今の佐藤清掃社のルーツとも重なります。 そして「運び屋」さんは、リヤカー1台で家財道具を運んだり、食料を届けたりして、人々の生活を繋いでいました。 

実は、佐藤清掃社の先代タ屋」さんは、街中の廃品を回収して歩く人たちのこと。今でいうリサイクル、廃棄物回収の先駆けです。物がない時代、捨てられるものを徹底的に活かす彼らの仕事は、今の佐藤清掃社のルーツとも重なります。 そして「運び屋」さんは、リヤカー一台で家財道具を運んだり、食料を届けたりして、人々の生活を繋いでいました。                                               実は、45年つづく佐藤清掃社の始まりも、大町をリヤカーで走り廃品回収をしていたようです!!

何もないところから、知恵と力だけで人を助ける。 そこには「商売」という枠を超えた、生きるための必死さと、お互い様という深い絆があったはずです。私はその歴史を知り、今自分がトラックを走らせて廃棄物を回収しているこの仕事に、改めて強い誇りを感じました。

4. 昭和の「御用聞き」が教えてくれたこと

(高度経済成長期) そして、多くの皆さんが懐かしいと感じるのが、昭和30年代〜40年代の「御用聞き(ごようきき)」ではないでしょうか。 酒屋さんや米屋さんが、注文を取りに来るついでに「ついでに電球替えておいて」「ちょっとあそこの棚、動かして」なんて頼まれていた光景です。

昔は、わざわざ「便利屋」と呼ばなくても、地域の商店がその役割を当たり前にこなしていました。配達のついでに、近所の様子を伺い、困っていることがあればサッと解決する。 これこそが、私が「あしたもグループ」で一番やりたい形なんです。

今は核家族化が進み、お隣さん同士の付き合いも薄くなってしまいました。

「こんな小さなこと、誰に頼めばいいの?」

「専門の業者を呼ぶほどじゃないけれど、自分ではできない」

そんな困りごとを拾い上げること。それは、かつての御用聞きさんたちが当たり前にやっていた「地域の見守り」そのものだと思うんです。

5. 結び:令和の「御用聞き」として、あしたを創る

江戸時代の何でも屋、戦後のバタ屋、昭和の御用聞き。 呼び名は変わっても、その根っこにあるのは「誰かの役に立ちたい」という、たった一つのシンプルな想いです。

私が、廃棄物回収の佐藤清掃社と、便利屋のあしたも良い日を「あしたもグループ」としてまとめたのは、この歴史ある「お助け役」を、今の秋田で復活させたいと思ったからです。

ゴミの回収に伺ったついでに、電球を替える。 片付けの相談に乗ったついでに、お話を聴く。 難しい理屈はいりません。ただ、「佐藤さんに頼めば安心だ」と言っていただける、等身大の存在であり続けたい。

歴史というバトンを受け取って、我々は今日も現場に向かいます。 一人でも多くの方が、今日を笑顔で終え、明日を希望を持って迎えられるように。 あしたもグループは、皆さんの「あした」がより良い日になることを願って、全力でサポートし続けます。

皆さんの「困った」を、ぜひ私に聞かせてください。 江戸時代の何でも屋さんに負けないくらいの真心で、お伺いします!

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