【3.11】あの日から15年。「防災意識を育てる日」の起源と、ゴミ処理の先に守りたいもの

粗大ごみを運ぶ秋田市の片付け業 佐藤清掃社 あしたもグループの想い

1. 15年目の3月11日に想うこと

こんにちは、あしたもグループの佐藤です。

今日、3月11日は「防災意識を育てる日」です。 秋田でも、あの日、突き上げるような揺れと長い停電がありました。沿岸部の方々、そしてお隣の岩手、宮城、福島の皆さんが経験した痛み。15年という月日が流れても、あの日の記憶が色褪せることはありません。

僕たち「あしたもグループ(佐藤清掃社)」は、普段は街の廃棄物回収をしていますが、実は僕にはもう一つの大きなビジョンがあります。それは、**「災害が起きたとき、街を地域を助けられる会社でありたい」**ということです。

廃棄物回収のプロである僕たちが持つ車両、そして現場の機動力は、災害復旧の現場でこそ真価を発揮します。だからこそ、今日はただ「あの日を忘れない」だけでなく、なぜこの日が「防災意識を『育てる』日」と言われるようになったのか、その起源を紐解いてみたいと思います。


2. 【キニナルこと】「防災」という言葉の意外なルーツ

ここで今回のキニナルこと。 「防災」という言葉、当たり前のように使っていますが、いつから使われているかご存知でしょうか?

実は、「防災」という二文字が公的な文書や法律で一般的に使われるようになったのは、意外にも戦後のことなんです。それまでは、「防戦」「防砂」「治水」といった、特定の災害に対する言葉はありましたが、あらゆる災害をひっくるめた「防災」という概念は比較的新しいものでした。

「防災」が法律になった日

日本の防災の歴史において、最大の転換点となったのは1959年(昭和34年)の**「伊勢湾台風」のようです。 この未曾有の被害を受けて、1961年に「災害対策基本法」**が制定され、ここで初めて、国を挙げて「総合的な防災体制」を整えることが決まったのです!

「防災の日」と「防災意識を育てる日」の違い

ちなみに、9月1日の「防災の日」は、1923年の関東大震災を忘れないために作られた日です。   対して、今日、3月11日が「防災意識を育てる日」と言われるのは、東日本大震災という未曾有の災害を経験した僕たちが、「過去を振り返るだけでなく、未来に向けて意識をアップデートし続ける(育てる)」という決意が込められているからです。


3. 【歴史の知恵】戦国武将・武田信玄の「防災哲学」

「防災」という言葉は新しくても、日本人は古来より自然災害と闘い続けてきました。誰しも知っていると思いますが、歴史上の人物の一人に、戦国武将の武田信玄がいます。

信玄公が築いた「信玄堤(しんげんづつみ)」は、今でも山梨県に残る有名な治水工事の跡です。 彼の防災哲学は、現代の僕たちにも通じるものがあります。

「山を父とし、火を母とせよ」

彼は、ただ堤防を作るだけでなく、住民に「この山を大切にしなければ、いつか水害が起きる」と、自然への畏敬の念と知識を教え込みました。 ハード(堤防)だけでなく、ソフト(人の意識)を育てる。これこそが、まさに「防災意識を育てる」ことの原点ではないでしょうか。

僕たち佐藤清掃社も、ただゴミを回収するだけでなく、「どうすればこの街が、災害に強い綺麗な街であり続けられるか」を、地域の方と一緒に考えていく存在でありたい。そう強く思います。


4. 廃棄物回収業が「防災」の要になる理由

震災のとき、被災地で最も深刻な問題の一つとなったのが**「災害廃棄物」**でした。 倒壊した家屋、流された家具、生ゴミ……。これらを迅速に片付けなければ、復旧のための道が作れず、衛生状態も悪化してしまいます。

僕たち廃棄物回収のプロは、いわば**「復興のトップバッター」**です。 あしたもグループが、秋田市で建設許可を取得しようとしたり、機動力を高めようとしているのは、有事の際にすぐに出動し、街の血流(道路)を確保するためでもあります。

「ゴミ処理の会社」が「街を守る砦」になる。 これが、僕が自分自身の仕事に誇りを持っている理由です。


5. 今日、僕たちが「育てる」べき3つのアクション

15年という節目に、僕が皆さんに提案したい「意識を育てる」アクションは3つです。

① 「ハザードマップ」を、もう一度広げる

自分のお住いの地域のハザードマップ、最後に見たのはいつでしょうか? 最新の情報を家族で共有しましょう。

② 「共助」の顔ぶれを確認する

災害が起きた時、助け合えるのは隣近所の人たちです。普段の挨拶、そして地域を綺麗に保つ活動が、いざという時の「絆」を育てます。

③ 「備蓄」をアップデートする

「ローリングストック」という言葉があります。普段食べているものを少し多めに買い置きし、食べた分だけ補充する。これも立派な「防災意識を育てる」習慣です。


6. まとめ:あしたも、そして未来も、強い街であるために

「防災意識を育てる日」の起源、そして「防災」という言葉に込められた先人たちの想い。

15年前の今日を経験した僕たちには、伝えなければならないことがあります。 それは、        **「備えは、自分と大切な人を守るための、一番の優しさである」**ということです。

このブログを「知識の倉庫」として、今日僕が心に刻んだ「街を守る覚悟」をしっかりと残しておきたいと思います。

あしたもグループは、これからも秋田の街を走り続けます。 ゴミを一つ拾うたびに、この街の「あした」がもっと安全で、もっと良い日になることを願って。

明日も、皆さんにとって最高に良い日になりますように!

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